riko 【悪性リンパ腫闘病中】

26歳の今年3月に悪性リンパ腫が発覚。不器用なりに、長期入院の中での小さな幸せや工夫、時には弱音を綴っていたらと思います。

悪性リンパ腫という診断と治療方法

生検や血液検査の結果等により、

悪性リンパ腫 びまん性大細胞型b細胞

という結果が先生から告げられた。

 

血液の癌で、抗がん剤治療が有効であるとの説明を受けた。

 

癌と告げられ、本当に辛かったし、絶望感に襲われた。

しかし、この病気は根治を目指せる病気であること、そして使用する抗がん剤が完全に妊孕性を失うものではないということなど、

検査の段階で考え得る病名の中では(表現が正しいかはわからないが、)ましな病気であるということがわかった。

 

すごく辛かったが、根治を目指せる病気という点が本当に救いだった。

 

 

そして、治療方法について説明を受けた。

私の場合は、EPOCH療法という抗がん剤治療が最も有効であるということで、これを進めていくこととなった。

具体的には、3週間が1セットの抗がん剤治療を8回行うものである。

その3週間の内訳としては、1週目に24時間抗がん剤を点滴し、2・3週目は白血球の値が戻ってくるのを待つというものである。

 

24時間の抗がん剤投与であること、白血球の減少により感染症のリスクが高いことなどから、

外来での抗がん剤治療は難しいということで、3週間×8回、つまり最低でも6ヶ月の入院が必要ということとなった。

 

半年にも及ぶ入院で、コロナ禍で面会禁止という事実にもかなりこたえた。

コロナを一番恨んだ瞬間であったと思う。

病名がつくまでの一週間

病名がつくまでの一週間は本当に毎日涙が止まらないほどつらく、1ヶ月半経った今でも未だに思い出すのが辛いのと、記憶もぐちゃぐちゃになっている節があるので、読みづらい文章になっていると思いますが、お付き合いいただけると幸いです。

 

 

CTで縦隔に10cmほどの腫瘍があると分かり、

また、気管をかなり圧迫していることもCTで明らかになった。

 

医療用語では、「準緊急」という分類に値するらしく、病院の計らいでその日のうちに生検及び入院という流れとなった。

 

訳もわからないまま処置室に連れていかれ、生検がはじまった。

鎖骨付近に麻酔を入れられ、縦隔にある腫瘍の組織をとるという形だ。

様子を見ることはもちろんできないので、具体的にどういう処置がされていたのかはわかっていないが、痛みは基本的に麻酔を入れるときだけだったと思う。

しかし、局所麻酔ということもあって、パッチンパッチンといろいろやられているのがわかり、不快感はかなりあった。

 

そのあと、すぐ入院となり、家族ともこの時点から会えないこととなった。

病気であると告げられ、精神的に参っている中家族と会えないのはやはり相当こたえた。

 

そして、結果的に病名がつくまで一週間かかった。

病名がつくまでの前情報としては、

悪性の腫瘍である可能性が高いこと、

手術で取り除けるものではないということ、

それくらいしかなかったので、

さまざまな病気の可能性がよぎりとにかく不安で不安で仕方なかった。

本当に地獄のような一週間だった。

 

そして体の方については、

胸のまわりの内出血のようなものは広がっていっていた。

そして命に関わる呼吸の方だが、仰向けになると呼吸ができないので、ベッドを起こして横向きで寝るという状態だった。

 

入院中は心電図モニターをつけており、血中酸素濃度が90を切ることもあった。

そのため、夜中に血中酸素濃度が下がると看護師さんが姿勢を変えるよう起こしにきてくれることも多々あった。

 

精神状態は言うまでもなく最悪で、ベッドで文字通り一日中泣いていた。

癌発覚までの予兆

改めて、私は悪性リンパ腫(びまん性大細胞型B細胞)と診断され、診断当初は縦隔(肺の間)に10cmほどの腫瘍ができていた。

 

今回のブログでは、癌とわかるまでの経緯について綴っていきたいと思う。

 

まず、私自身の健康状態についてだが、

今までかかった病気といえばインフルエンザやノロウィルスくらいで、いたって健康だった。

会社の健康診断も一年に一回は受けており、

特段異常は指摘されていなかった。

 

私の家族についても、近い親戚に癌を患った人はおらず、私のひいおばあちゃんにいたっては100歳を超えて老衰で亡くなるという健康ぶりであった。

 

だから、まさか自分が20代で癌患者になるとは

夢にも思わなかった。

 

 

今思い返すと、一番最初の兆候は「咳」だった。

2022年の1月下旬頃から、仰向けに寝て笑うと咳が出るようになった。

最初はあまり気に留めていなかったが、

2月に入ってから少しずつ咳がひどくなっていった。

 

また、咳と同時に、右胸下あたりに内出血のようなものが出来始めた。

これはさすがに気になり、皮膚科を受診したところ、雲状血管腫ではないかと言われたが、

特段治療はせず、様子見となった。

 

そうこうしているうちに3月になり、

咳もかなりひどくなってきて、咳き込むことが多くなってきた。

コロナ禍で咳をしていると周りの目もあり、呼吸器内科を受診した。

このときの診断は、気管支の炎症ではないかということで、喘息の薬を処方された。

 

しかし、薬は効かず、

息苦しさと顔のむくみといった症状が加わり始めた。

3月中旬頃には仰向けで寝られないほどの息苦しさと、目がほとんど開かないくらいの顔のむくみに襲われた。

 

命の危険を感じるほどの息苦しさと、

原形をとどめていないほどの顔のむくみに恐ろしさをおぼえ、再度呼吸器内科を受診した。

血液検査をするも、値に異常値はなく、原因不明のため、その日のうちに大きい病院へと紹介された。

 

病院へ着くと、すぐCTを撮り、

そこで初めて縦隔に10cmの腫瘍があることが発覚した。

 

腫瘍ができていることを知ってから思い返すと、

咳は腫瘍が気管を圧迫していることが原因で起こり、

胸の内出血のようなものは腫瘍が血管を塞いでしまっていることが原因で起こり、

顔のむくみは腫瘍の影響で循環が悪くなっていたことが原因で起こったと、

すべての謎が解けた。

ブログを始めるきっかけ

はじめまして!rikoです🌷

 

今日からブログを始めます。

プロフィールにも記載のとおり、

26歳の2022年3月に悪性リンパ腫(びまん性大細胞型b細胞)であることが発覚しました。

 

今現在抗がん剤2クール目の最中です。

 

コロナ禍で家族すら面会禁止の中での長期入院、

さまざまな制約がある中で

少しでも小さな幸せや工夫を見出せるように

ブログを始めてみました。

 

もともと不器用な性格な上に、

体調次第で更新が滞ることもあるかもしれませんが、

ゆるくお付き合いいただけますと幸いです💐